年内入試は書かされる入試
大学入試は、「年内」に試験が行われ、「年内」に合否が決まる総合型選抜と学校推薦型選抜、いわゆる「年内入試」へのシフトが急速に進んでいます。現在進行中の2025年度入試も速報値を見ると、年内入試の志願者がさらに増加し、年明けの一般選抜の志願者は皆無なのではないか、と半ば本気で語られる状況となっています。
年内入試と一般選抜の違いは、なにか。もちろん、違いはたくさんありますが、「願書」さえ提出すれば受験できる一般選抜に対し、年内入試はそれに加え「志望理由書」を提出する必要があって、いろいろ「書かされる入試」だとも言えるでしょう。志望理由書だけではなく、自己アピール書、小論文や研究レポートなどを書く年内入試も少なくありません。今回は「書く」指導について、考えてみましょう。
大切なのは自分で書くこと
学習塾の皆様も、塾生の作文指導を求められたことがあるはずです。
私自身、予備校では小論文科に所属していたのですが、古巣の大先輩の講師が高校教員や学習塾の皆様にアドバイスしているのは次の3つです。
【1】必ず自分自身で答案例を作成してみること
【2】答案例をもとに「評価基準」を作成すること
【3】ChatGPTを活用すること
年内入試指導を売り物にしている高校の教員のヒアリングをしたところ、志望理由書など答案例を作成したことがないと答えた教員が予想外に多く、驚いたことがあります。「英語」や「数学」に置き換えてみるとわかりやすいでしょう。問題を解いたことがない講師が教える授業……満足な授業になるわけがありません。
タネ明かしまでガマンガマン
自分自身で志望理由書や小論文の答案例を作成してみると、「書きにくさ」や「書きどころ」がわかってきます。つまり、自分で書いてみることで指導の質がまったく変わるはずなのです。「そんな時間はない!こんな記事は読んでもムダだ!」と思った皆様、もう少しだけこの記事を読み進めてください。タネ明かしは、このあとです。
また、複数人で塾生の指導をする場合は、評価の仕方や添削のポイントを共有する必要があります。「評価基準」を作成することで「書く」指導の属人化を防ぎ、グループワークが可能になります。おひとりで指導する場合も、「評価基準」があれば、指導のブレを縮小することができるでしょう。「そんなの面倒だ!」と思った皆様、ガマンはここまでです。大先輩の講師は、ここでこんなアドバイスをするわけです。「ChatGPTに助けてもらえばいいじゃないか」。
とある人工知能が書いてみた
たとえば、人文系小論文をイメージして、次のような問題があるとします。「【問】無人の森で木が倒れたら音はするのか、300字で論じなさい」。ChatGPTには、以下のように指示をします。「無人の森で木が倒れたら音はするのか、高校生に理解できる難度で300字で論じてください」。
ほんの少し間をおいて、モニターには文字が並んでいきます。「無人の森で木が倒れたとき音がするかどうかは、音をどう定義するかで答えが変わります。音は空気の振動が耳に届き、脳で感じるものです。もし森に人や動物がいなければ、音を感じる耳がないので『音はしない』とも言えます。しかし、物理的には木が倒れると空気が振動して音波が生まれます。これは人がいなくても起こるため、『音はする』とも考えられます。このように、この問いは『音とは何か』という考え方によって答えが変わる面白いテーマです。科学的事実(音波が生じる)と、哲学的な視点(聞く人がいなければ音はない)を区別することで、この問題を多角的に考えることができます」。執筆時間は、20秒ほど。これにご自身の経験や考察を加えれば、人文系小論文の立派な答案例ができあがります。
「評価基準」の作成も、この通りです。「この小論文の問題の評価基準を、読解力、思考力、表現力の3ポイントで作成してください。思考力の配点を最も大きくしてください」。ChatGPTはこんな評価基準を作成しました。
「以下は、この小論文問題の評価基準です。それぞれのポイントごとに具体的な観点を示し、思考力の配点を最も大きく設定します。
評価基準
1. 読解力(20点)問題の意図を正確に考える。「無人の森で木が倒れたとき音がするのか」という問いを正しく捉える。
2.思考力(50点)「音とは何か」という本質的な問いを深く掘り下げる。問題を多角的な観点から分析し、物理学と哲学の両面で論じる。
3. 表現力(30点) 筋道立てて論旨が展開されるよう適切な用語を使い、高校生レベルに適切な言葉で言えばよい。主張が明確で、説得力があるか。合計:100点」。
怪しい日本語がいくつか見られますが、そこは人間が修正すれば良いことです。この問題で問われたのは、「音とはなにか、『あたりまえのこと』を捉えなおすこと」だったとわかりました。
人間は一体どこにいるのか?
AIを利用して文章の指導をすることに抵抗感のある方もいるでしょう。けれども、AIが作成した文章をそのまま答案例にしましょう、AIが作成した評価基準を鵜呑みにして従いましょう、と言っているのではありません。学習塾の皆様が多忙であることは知っています。だからこそ、便利なIT技術に手助けをしてもらっても良いのでは、というのが大先輩の講師のアドバイスなのです。
ちなみに、私自身は、こういった技術の進歩についていけない古い体質の人間なのでした。志望理由書の作成にこっそりChatGPTを使う受験生は間違いなく存在します。一方、大学では、提出された志望理由書をAIで採点するトライアルが進められています。そして、文章を教える側もAIを。AIが指導して、AIが書いて、AIが採点する、なんだかわけのわからない構図が、まもなく成立してしまいます。人間は、どこに?そんなことを考えてしまうのでした。
「無人の森で木が倒れたら音がするのか」を格調高い文体で書けとChatGPTに指示したところ、「古の哲学者たちが問うた」という書き出しになりました。
アロー教育総合研究所
所長 / 田嶋 裕(たじま・ゆたか)
1969年生まれ。95年早稲田大学法学部卒業。大手予備校、ラジオ局報道部記者を経て、アロー教育総合研究所に入所。大学入試の調査を担当。城西大学外部評価委員。