寄稿・みんなのセンム(三谷 潤一)

三谷 潤一 (株式会社 声の教育社)

身体は小さいが、声はデカい。いつも笑っていたので、イベント会場で耳をすませば所在がわかる。

声の教育社専務取締役、小泉邦人。

様々な合同相談会、塾対象説明会、祝賀会や研修会に必ず顔を出していた。打ち上げや懇親会では乾杯の音頭を取っていた。社内だけでなく、学校や塾の先生からも「センム」と呼ばれていた。この業界で「センム」といえば小泉のことだった。妙な話だ。数多の校長先生や教頭先生が「センム、どうもお世話になってます」って頭を下げられるんですよ?それに「ああ、ドーモドーモ」って民間企業の一取締役が返事しているのっておかしくないですか?そう思っていたのだが、次第に慣れていった。

私は勤めていた学習塾を辞め、2000年6月、声の教育社に入社した。入った当初は「研修」という名目で、小泉専務と学校を訪ねた。

某校で、管理職の先生方と夕食をご一緒させて頂いた。センムは酒が入るとますます陽気になった。そろそろお開きかな、という頃に、口元に手を当て私をふり返った。「○♪☆△※た」顔は笑っているのだが、切迫している様子だった。でも、何を伝えたいのかがわからない。何度も聞き返されて、しびれを切らしたセンムは私の耳元に口を寄せ「入・れ・歯・が・割・れ・た」とおっしゃった。「もう食事はできないから、お前が頑張って食べろ」という指示だった。

翌朝、訪問先の最寄り駅で合流したときも、つらそうだった。「大丈夫ですか?」と訊ねると、帰宅後に診療してくれる歯科は無かった、とおっしゃる。割れた入れ歯をくっつけようとセメダインを試した。接着したので、はめてみるとすぐに入れ歯は割れ、口中セメダインだらけ。(不謹慎だが面白くなってしまい、「ラリっちゃいませんでしたか?」と訊きたくなったが我慢した)。奥様から「アナタ、こういうものがあるわよ」と瞬間接着剤を渡された。アロンアルファを割れた入れ歯の断面に塗り、はめてみるとはがれずに済んだ。「良かったじゃないですか」と相槌を打つと、「はまったのは良いが、固まりが当たるんだ」。切断面からはみ出して固まった瞬間接着剤が上あごを直撃するらしい。せっかちな性格でいらっしゃったから、必要以上に塗りたくる姿が想像できた。「柔らかいものしか食べられない」とおっしゃるので、昼食は喫茶店でサンドウィッチを頼んだ。それでもつらいらしく、ひと噛みする毎に「痛い、痛い」と繰り返していた。あのとき、インプラントの手術を決心されたのではないか、と思う。

入社してから少し経った後、社員の一部から私を「センムの犬」と呼んでいるらしい、と耳にした。社会的常識に欠けている部分があるのを揶揄されてのことだ。一方で、センムには何か頼まれても抵抗したり、自分の意見を主張したりした。センムに甘えていた。

そんな頃、センムが飼い犬の写真を見せてくれた。何枚もスクロールしながら「犬は良いなあ、逆らわなくて」と笑っていらっしゃった。「どうせ私は逆らいますよ、『センムの犬』ですけどね」と思ったが、口にはしなかった。

小泉専務に拾って貰わなければ今の自分はいない。大恩人だ。そんな方に対して失礼な言い方だが、明るくて愛嬌があった。仕事熱心だったが、表裏は無かった。立場や地位を超えて多くの方に親しまれた所以だろう。

早いもので、今年11月に七回忌を迎える。未だに「小泉専務にはお世話になった」という声を聞く。私も判断に迷うと「専務だったら、どうするだろう?」と思う。佐久にあるお墓を参ったことはまだ無いが、今でもどこかで会えるような気がしてならない。「コイツ、また、ひとのことをコケにしやがって、とんでもねえ奴だ」と笑ってくれるに違いない。

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