賛助会員紹介:株式会社私塾界(東京都豊島区)

業界の41年を見てきた私塾界

株式会社私塾界
代表取締役 山田 未知之

業界の最前線で活躍されるみなさまに、最先端の情報を届け続けます

1981年に創刊した『月刊私塾界』は、おかげさまで2021年に創刊40周年を迎えました。本誌を創刊したのは私の父、山田雄司です。実は本誌創刊の3年ほど前の1978年に学伸社という会社から『塾たいむ』という業界誌が発行されていました。学伸社は、栄光ゼミナール(当時は研修学院。80年に株式会社栄光に社名変更)の創業者である北山雅史さんが学習塾教材制作・販売の会社として設立した会社で、北山さんの「業界誌のない業界なんてたいした業界じゃない」という思いから、塾たいむのプロジェクトがスタートしました。その初代編集長に私の父が就任しました。

それからおよそ3年にわたって父は塾たいむの編集長を務めましたが、発行元が栄光ゼミナールの子会社であったことから、取材に行く先々で経営者のみなさまから「どこのスパイだ?」、「塾の紐付きでやっていたら業界誌とは言えないよ」といった厳しいお言葉を頂戴することも多かったといい、北山さんに相談して円満に退社し、共同創業メンバーの三門文男さん、堀田容子さんらと新会社を立ち上げ、『月刊私塾界』を創刊したのです。そのようにして池袋のわずか5坪足らずの小さな事務所から本誌はスタートしました。

それから41年、1度は移転しましたが創業の地、池袋で今もなお一号も欠かすことなく、毎月本誌の発行を続けています。今月発行した2022年7月号で通巻495号、来年の1月号で500号を迎えます。

そんな父も創刊30周年を目前に控えた2010年7月19日、59歳という若さで他界しました。本人もそんなに早く死ぬとは考えていなかったようで、後継者は決めぬまま、もちろん遺書などもなくあまりに突然に亡くなってしまったものですから、それから2年余りは社内ではいろんなことが起こりました。私は2005年から私塾界に入り、私塾界の仕事を手伝うようになっていましたが、父が亡くなった当時は若干32歳でまだまだ業界の知識も乏しく、周囲の方々の奨めもあり、現在株式会社塾と教育社の代表をされている加藤麻由美さんが私塾界の社長に就任されました。

ところが当時の私の身勝手な行動もあり、2年ほど経った2012年9月に加藤さんをはじめ、私以外の社員が全員お辞めになり、加藤さんたちは新たに『塾と教育』を創刊されることになりました。それまでまともに文章も書いたことがない私は、2012年10月号から突然『月刊私塾界』の編集長に就任し、今も編集部を支えてくれている仲間とともに、よちよち歩きながらなんとか絶やさず発行を続けて参りました。そんな私も編集長に就任して間もなく10年を迎えようとしています。

この10年を振り返ると、この塾業界も様々な変化がありました。私塾界にとって一番大きな変化は、私が編集長に就任した直後の2012年12月に発足した第二次安倍政権の文部科学大臣に下村博文代議士が就任されたことです。それから教育再生実行会議が設立され、様々な教育改革が進められることになったので、文科省との塾業界の距離もだいぶ縮まりましたし、国が進める改革に対して民間教育サービスがどのように対応していくのか、ということを取材していくことで、私自身も多くのことを学び、新たな繋がりもたくさん持たせていただくことができました。

そして、これから2030年に向かってまたさらに日本の教育は大きく変わろうとしています。そして少子化はより一層加速していきますから、決してこの業界にとっては順風と言える状況ではありません。そんな時代を乗り切るためにも、これからも本誌の発行を通して、業界の最前線で活躍されるみなさまに最先端の情報を届け続けて参る所存です。

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