私塾ネット20周年記念 全国研修大会報告

2021年4月18日、コロナ禍により1年延期となった、私塾ネット20周年記念式典と第18回全国塾長・職員研修大会が、大井町きゅりあんにて開催された。1年たっても新型ウィルスの脅威は収まらず、主に遠方の方はZOOMによる参加で31名、会場参加が36名で、十分なコロナ感染対策の下に行われた。中には、なんとエリア東北から2名会場に駆けつけて下さり、ありがたいことであった。

オープニングには、「私塾ネット20年」の映像が正面のスクリーンに映された。懐かしい方々のお姿。何年も前の皆さん、お若かった。次いで、私塾ネット仲野十和田理事長のご挨拶。参加している方々への謝辞に続き「私塾ネットに入り、地方のがんばっている塾と人との出会いによって、多くのことを学んできました。世の中価値観の多様化が進んできて、これからの教育も一人ひとりの多様性に応じていくことが必要と思われます。我々も、知識・技能を伝達するというより、考え方や導き方を伝えていくという立ち位置にあるのではないでしょうか。その意味で今日の講演には、非常に参考になるのではないかと、楽しみにしています。」

来賓のご挨拶では、私学を代表して駒込学園中学高等学校の河合孝允校長が祝辞を述べ、「AIが台頭し、10年以内には今ある仕事の6割がなくなると言われる中、そのときに子供たちにどういう学力をつけて社会に送り出すのかということが課題になっております。私学と私塾とが手を携え、その対策をしっかりやっていかなければなりません。皆様とご一緒に新たな教育に邁進していきたいと思っております。本日はまことにおめでとうございます。」

学習塾団体を代表して、公益社団法人全国学習塾協会の安藤大作会長がオンラインにて祝辞を述べた。「私塾ネット様と全国学習塾協会は、全国規模の10の団体によって構成される全国塾コンソーシアム協議会で共に活動している同志です。その発足から6年が経ち、学習塾の皆様の声を大きく一つにして、各省庁、政治や社会のかたがたに届けられるようになりました。3年前から民間教育推進のための自民党国会議員連盟の発足を通じ共に数々の提言を行ってきました。これからも、学習塾に通う多くの子供たちのためになる活動を共に続けて行きたいと思います。本日はまことにおめでとうございます。」

会場にいらした、埼玉県私塾協同組合の坂田義勝理事長にお言葉を頂く。初代の山口恭弘先生から代々の理事長谷村志厚、鈴木正之、湯口兼司、仲野十和田諸先生方の思い出・エピソードを語られ、さらに私塾ネットが発展することを祈念しているとのお祝辞を述べられた。その後、WEB上ご参加されている、各団体の代表の方の紹介がなされた。

次いで、功労者表彰式が行われ、感謝状・賞品が贈呈された。以下お名前のみ記す(敬称略)。【エリア北海道・東北】入江昌徳・渡部信雄、【エリア関東】大住明敬、【エリア中部】松本紀行、【エリア中国】佐藤將紀・北川健司、【エリア四国】湯口兼司・寺嶋謙次、【センター】谷村志厚・城忠通・中村直人・光江。
 以上20周年記念式典は終了。休憩の後高嶋哲夫先生の講演に入る。

現在全国学習塾協同組合副理事長の高嶋先生は、15年ほどの塾経営の経験をお持ちで、またベストセラー作家として各国で作品が翻訳され、お書きになるジャンルも多岐にわたり、また日米でも映像・映画化がなされている。特に、2010年に発表した『首都感染』が、2020年の新型コロナウイルス感染症拡大を予言しているとして話題となった。

第一部:僕自身のこと 科学者→作家

香川に生まれ、岡山の玉野で育つ。小学校4年生の時に、先生が図書館を紹介してくれて、それ以来読書に目覚め、親しい友人と競って図書館の本を読み漁る。子供の時に良い先生に巡り会うことは、自分の人生に大きな影響を与えるものである。さらに5年生の頃には自宅の世界文学全集50巻もほとんど読破。しかし、自分の読書体験はこれで終わった。中学校は、裏が山前が海で、自然の中で楽しく遊んだ。高校は地元の県立玉野高校に進学。成績上位者の選抜コースがあり厳しく受験勉強をさせられる。田舎としては受験の成果をあげていて、社会でも活躍している人材を輩出していた。したがって、競争も必要と言えるだろう。大学は、慶応義塾大学の工学部に進学。アポロが月に行った年だったので、ロケットに近いかと思い「電磁流体力学」を専攻する。大学院在学中、通産省の電子技術総合研究所にて『地上に太陽を』核融合に出会う。

日本原子力研究所就職前1ヶ月間アメリカをグレイハウンドバスで旅して回る。この旅は非常にインパクトがあり、ワクワクする新しい世界を知った。

就職後も絶対にもう一度アメリカに行きたいと思い、いつ辞めようかと思っていたが、良い上司・先輩にも恵まれ、3年間在籍した。その間、核融合装置JT60についての英語の論文がアメリカの学会誌に掲載され、日本原子力学会技術賞を受賞。最高に嬉しくラッキーだった。20代半ば過ぎ、がんばれば何でもできると思っていた原研時代であった。そして、原研を辞めてU.C.L.A.に留学する。

第二部:アメリカそして塾経営

アメリカに行ってみると、授業が分からない。一生懸命勉強したのだが、英語ばかりでなく、自分の科学分野に対する能力の限界を知ることとなった。努力では超えられない壁を感じ、苦しむ中、科学の分野での自分に見切りをつける。小学校からこうなりたいと長年頑張ってきたことに区切りをつけることは、容易ではなかった。幸い周りに作家志望の日本人たちがいて、小説家になることがそれほど遠い道とは感じなかった。

結局、新しい道として作家になろうと思ったのは、客観的に見てアメリカで落ちこぼれたからと言える。また、30歳近くまでやってきた核・原子力関係の勉強は決して無駄ではなく、例えばサントリーミステリー大賞を受賞した「イントゥルーダー」は原子力と地震の関係を書いたもので、ノンフィクションでエネルギーフォーラム賞優秀賞を受賞した「福島第二原発の奇跡」などの作品には今までの知識が生きた。また資料を読む力もついていたと言える。

人間は権利の上で平等ではあるが、能力は平等ではない。また、努力すれば、何でもできるというわけではないのだ。努力では越えられない壁もある。

教育者は、子供の得手不得手(才能)を見つけ出して良いところを伸ばしてあげるというのが本当の教育だと思うようになった。

しかし、矛盾するようだが、一見無駄な努力も決して無駄ではないことも事実なのだ。

アメリカの日本語補習学校で教えた経験もあり、帰国して生活のため神戸に補習塾を開く。「教育は人を創り、人は国を創り、国は世界を創る。」教育とは、今後ともずっと関わり続けていきたい。

第三部:(独断と偏見による)新しい学校 

藤井聡太・大谷翔平らは、自分の一番好きなことを職業にした、幸せな人たちと私は思う。才能と仕事が結びついている。自分を知り、得意分野を見つけ伸ばすことが大事である。時代は、ジェネラリストよりスペシャリストである。日本の教育に必要なものは、「基礎学力(読み書きソロバン・英語・パソコン・常識・善悪の区別等)」「能力に合わせた学力…」この30年で世界の状況は大きく変わり、産業界も大きく変化し、このような現実に対応できる人、対応できる国でなければ今後生き残っていくことは難しい。オンライン授業が増えている昨今、塾もそういったシステムに慣れていかなければ、たぶんおいていかれるだろう。

とにかく新たな変化に対応するために、日本のさまざまなシステムを変える必要があると思う。小学校では、上記基本的なことを学び、高校ではもっと一人ひとりに適した専門的なことを学ぶ必要があると思う。塾においては、生徒一人ひとりに合わせた学力の伸長と個々の能力を引き出すことが求められる。また別に塾が場としてのセカンドファミリー的な役割も求められているように思われる。

質疑応答では、時間が足らず、新しい学校について中途半端になってしまったところは本に書きますとのこと。

その後オンラインの参加者も共に、グループで討議し意見をまとめ発表。高嶋先生も参加される。各エリアから、ふりかえりと感謝の言葉が述べられた。

最後に、私塾ネット会長の鈴木正之先生が謝辞を述べた。「何かしたいから合格を目指すはずなのに、合格自体が目的になってしまっているように思います。合格はあくまで手段です。したいことを見つけるには、髙嶋先生もおっしゃるようにその子の得意分野や長所を伸ばしてあげるのがいいと思います。コロナ禍の中、会場参加の先生方、オンラインでの参加の先生方、御礼申し上げます。どうもありがとうございました。」

終わって、スクリーンの中の各先生方と会場の皆さん方が、しばらくお互いに大きく手を振ってお別れを惜しんだところが非常に印象的でした。

(文:中村直人)